父の高校生時代②(手掌多汗症)」の続きです。

手掌多汗症と高校生活の苦しみ

高校も三年になる頃、私はいっぱいいっぱいになってました。

それは何も全てが多汗症のせいということではなく。
元々の私の性分や、受験のストレスもあったと思いますが。

…そもそも受験生のストレスや集団生活でのストレスなんて
言うものは普遍的なもので、誰もが持っているものです。

私が弱かったのか。

多汗症の悩みがそれだけ大きかったのか。

いずれにしても、マイナス面に多汗症が大きく作用していたのは
間違いないと思います。

三年生の時、私は同級生と関わるのが本当に億劫になってしまい。

今思い出しても、「ちょっと変だな」と言う言動を取っていました。
そんなことをしていると、段々仲の良かったメンバーとも溝が出来ていきました。

…いや。

繰り返しになりますが、今の自分の全てを、過去の良くないことの全てを。

「多汗症」のせいにするつもりはありません。
私の性分として、元々社会性が脆弱だったと思います。
エキセントリックな人間だとも思います。

ただ、そこに間違いなく追い打ちをかけていたのが「多汗症」だったとも思います。

なんとなく人を避けるような思考になりながら。
希望する三番目の大学に合格し、高校受験は終了しました。

 

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そして大学入学へ

しかし大学に入学しても。

なんとなくやさぐれていた私は次第に学校へ行かなくなります。

大学で出来た顔見知りもいましたが。

「今日も来てないの?」と電話が来るのが煩わしくなり。
(今思えばなんともありがたいことです。。。。)

携帯は出ず、大学も行かず、味を知った「パチンコ」にのめり込み。

毎日開店前からお店に並ぶ廃人みたいな生活になって行きました。

また、当時私が大学に入った頃はインターネットが普及し始めた頃でもあります。

この「ネット」との出会いが私の「手掌多汗症」に対する大きな転換期となる訳ですが。

この頃はまだ、そんなことも知らない訳でして。

今では考えられないことですが。
当時のインターネットは「月額○時間いくら」と言う従量制でした。
無制限コースもありましたが、まだまだ割高だったように思います。

接続方式もアナログが主流で、ISDNが少し。

またプロバイダー代とは別に、電話回線の費用もかかる訳で。

当時23時から朝6時?まで繋ぎ放題の「テレ放題」というコースがあり。
これに加入して、深夜にネットゲームをしていました。

いやぁ… 我ながらクソみたいな生活です。

朝から開店待ちしてパチンコ。

または深夜にずっとネットして、明け方眠る。

なんて人間でしょう…。

そんな堕落した生活を送っていたころ、ひょんなことから検索してみた訳です。

「汗 手 異常」

おそらく、そんなキーワードで。

ここから見つかった「手掌多汗症」の存在は、
もうこのブログでしつこいくらい書いている、
衝撃と驚き、何より喜びでした。

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