父の高校生時代①(手掌多汗症)

父の中学生時代(手掌多汗症)」からの続きです。

高校生活と手掌多汗症

高校時代になってからの生活は、小・中額時代とは大きく違っていました。

中学時代は小学校時代の面々そのままでしたが、高校は真逆で誰ひとり知らない状態。
当然多汗症のことなんて話せませんでした。

高校生である16歳~頃は、同性・異性問わず人目を気にしたり。
そんな頃です。

特に覚えている困った点は。

最初はみんな知らないためぎこちないですが。
数日も経過すれば仲も良くなり、話も弾んできます。

そんな中で、よく握手をする機会があったということです。

長い仲であれば、ふざけてでも、握手をかわす(避ける)方法はありますが。
なにせまだまだ新しい仲です。

こんな時にせっかく握手を求められて「いや、握手はちょっと…」なんて
ことをしたら、白けること間違いありません。

私は握手を求められた時には、軽いハグでかわしていました。
いやいや、握手よりハグだよ!くらいな勢いで。
まぁ、柄でもない。無理してましたねぇ。。。

 

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高校生活から始まったもの

そして今まで無かった「通学電車」も困ったことの一つです。
空いていれば問題は無かったんです。

ただ行きは上り、帰りは下りという位置関係だったため、
行きも帰りも「通勤ラッシュ」に巻き込まれる状態でした。

当然座れるような状態ではないので、立っている訳ですが。
つり革につかまると、できるんですよ。

水たまりが。

車内の床、手(つり革)の位置に。

それに私がちょっとでも触ったつり革はびしょびしょになりますから。
人目が気になるのもそうですが、私が降りた後に誰かがそのつり革につかまったら。

そう思うと申し訳なくて、つり革にはつかまれませんでした。
同様の理由から手すりもNG。

最高なのはドアと座席端の角になっているスペース。
ここをGetできれば、手すりに寄りかかれるため安泰です。

ただ。

そこは通勤ラッシュなので、そうそう好位置はキープできません。

となると、中途半端な位置に立つことになる訳ですが。

それなりに揺れるし、さりとてどこにもつかまれないので。
脚に全神経を集中して踏ん張る訳です。

「倒れないように」「触らないように」なんて変に意識してる訳ですから、
多汗症も張り切って、ますます発汗してくる訳です。

両手はダラダラ、密集、揺れる。

もともと満員電車なんて不快なものですが、それ以上に高ストレスでした。

両手をパンツの左右ポケットに突っ込んで、ポケットの中でハンカチを握りしめて。
「早く着かないかな」と思いながら人目にびくびくして、転倒しないように脚に集中する。

電車から降りた時には毎回ドッと疲れていたのを今でも本当によく覚えてます。

全く無駄な労力です。

 

高校生活で始まったもの②

そして。

うちの高校だけなのか。
他の高校もそうだったのか。

分かりませんが、体育で柔道がありました。

これはもう、本当に多汗症の人間には「天敵」と言われる運動でした。

まず、裸足なんです。

いや、そりゃ柔道するのに靴は履かねぇだろ!って言われればそうなんですが。
靴だけでなく、靴下すら履かないんです。

こんなシチュエーション、他ではそうないのです。

手掌多汗症と言う名前ではあるものの、足の発汗も半端ではありません。

教師の話を聞いている時、畳の上一箇所にジッとしていると、
足を乗せているところが濡れてきます。

そして組手。

お互いに掴もうと手を伸ばしてくる訳で、手が、相手の手や首元(素肌)、
顔なんかにぶつかるのは当たり前の状況です。

びしょびしょの手が。

同様に、足払いでは足と足の応酬です。

ランダムに組手をする訳で、いろいろな人としますが。

言葉でハッキリ言われたことは結局無かったですが、明らかに
「なぜお前の手、足はそんなに濡れてるの?」ってリアクションで、
不快感を出す人はいました。

まぁ、そりゃそうだよね、って気もしますが。

こちらはこちらでどうにもならないことだし、当時はいたいけな16歳。
それなりに傷付くことも多かったですね。

それでも性格柄、柔道の時間をさぼったことはありませんでした。

今思えばガンガンにサボればよかった(笑

長くなったので「父の高校生時代②(手掌多汗症)」へ続きます。

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