父の中学生時代(手掌多汗症)

父の小学生時代③(手掌多汗症)」からの続きです。

中学時代と多汗症

自分が通っていた中学は田舎ということもあり、
99%のメンバーが小学校→中学校でした。

単に通う先の校舎や「中学生」という立場が変わっただけで。
見知った顔ばかりではありました。

でもまぁ、そこは思春期。
小学生のころよりも日々の生活を送る上での、
多汗症に対するストレスは増加しました。

授業量、難度も小学生の頃より増加し、秘儀「手を浮かせて板書」で
ノートを取る日々が続きました。

とは言え基本、小学校生活と大きく変わる訳ではないので。
小学生時代とほぼほぼ同じ悩みを持っていました。

中学生活になって変わる一つの大きな違いとしては部活があります。
私はテニス部に所属しましたが…

これが…、滑るんです。

ストロークを打ってもラケットがぶれる。

打った後はリターンが来る前に一回左手にラケットを持ち替えて、
短パンの横で右手の汗をさっと拭い。
すぐさま右手に持ち替えて打ち返す。

まー 向上しませんでした。
これは私の運動神経による部分が大きいですが(笑

やはり少なからず多汗症のハンディはあったように思います。
(思いたい)

また、時折友人同士で「どっちのラケットが使いやすいか」とか。
あるのですよ。

そんなこんなをしていく中で、一年もしない内に、
「なんか… お前のラケット(グリップ)湿ってね」って
イジりが部内同級生メンバーで発生しました。

これが嫌で嫌で仕方なかったですね。
ただ、言ってる方はそれほどの悪意はなかったように思います。
うちの学校は私が知る限りイジメがあるような学校ではなかったので。

私もこのネタは嫌ではありましたが。
「イジメ」と感じるまではいかなかったです。

ただ、これは学校や部によってはそうなっても、
そうなる引き金になってもおかしくなかった気がします。

 

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今でも思い出す、卒業式

そして時は過ぎ。

中学の卒業式です(はやい!

いやまぁ、ホントに。
99%小学校の時と同じメンバーですし。

そんなに小学→中学で生活が変わる訳ではないですからね。
本当に小学校の延長線上、って感じでした。

ただ、今でもフと思いだす、卒業式のワンシーンがあります。

中学校卒業式の日。

担任の教師が、最後に一人一人「この子はこんな子でした」的な
一言コメントをして、「ありがとう」と握手をする。

そんな余計なことをやってくれました。

私は特別勉強ができる訳でも、できない訳でも。
超活発な訳でも、心配されるほど物静かな訳でもない。

なんとも存在感が薄い感じのタイプでした。

ですので、どうせ私に対してのコメントなんて特に
言うこともないだろうに、余計なことを… 

と内心毒づいたのをよく覚えています。

教師は教室の右列前方から一人ずつ、順にコメントしていきます。

一人、また一人コメントが終了し、ついに自分の列。

自分の前の人。

そして自分…。

とにかく、最後に握手をするギリギリまで机の(空っぽの)
引き出しの中に両手を突っ込み。

ハンカチを固く握りしめます。

正直自分に対する担任のコメントなんて頭に入りません。

「まじめ」とか「やさしい」とか、そんな「どうでもいい人」に
対する当たり障りないコメントだった気がします。

そして握手…

まぁー、もちろん教師ですし。
「うわ!」とか言わない訳ですが。

どう考えても「えー?!」と思ったことでしょう。

以前も書いた通り、拭いた傍からドンドン湧き出てくる訳でして。

拭いたから数秒間猶予がある、なんて甘いものではありませんでした。
もうびしょびしょ状態で握手ですよ。

あー 嫌だったなぁー…

なんだそんなつまんないこと。

そう思われるかも知れませんが、30も半ばを過ぎると言うのに
私には今もハッキリと覚えていることの一つです。

父の高校生時代①(手掌多汗症)」へ続きます。

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