父の小学生時代②(手掌多汗症)

父の小学生時代①(手掌多汗症)」からの続きです。

多汗症による問題の本格化

小学校時代から本格的に記憶に残っている多汗症の問題。

当時、まだ「多汗症」なんて言葉は知らなかったし、ましてや自分以外にも
同じ症状があるなんて知らなかった時だ。

それでも低学年の頃はまだ良かった気がする。
多感なお年頃でもないし、それに私は仲の良い友人には手汗が酷いことを話していた。

今考えると我ながら凄いと思う。よくカミングアウトしたなー、と。

ありがたいことにその友人達は特に私の手汗について何かを言ったり、
したりしたことは一度もなかったように記憶している。

ただ、裏を返せば、まだ幼かったし毎日が新鮮(?)な中で、
人の手汗にさほど興味がなかったのかも知れない。

自分自身も「カミングアウト」というほど深刻ではなかったのかも知れない。
だからこそ、言えたのだと。

 

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問題の変化

けれど小学校中学年~高学年頃になってくると本格的な悩みになってきた。
物理的にも、精神的にも。

小学生と言えば、先生が板書する内容をノートに書き留めるのが仕事、
っていうくらいノートをせっせととる。

ただ、尋常ではない手汗が出るものだから、ノートがふにゃふにゃになってしまう。
それも、放っておけば今書いているページだけでなく、
ノートまるまる一冊に浸透してしまうくらいに。

ただ、中・高学年頃になると人目も気になる年齢になってきていて、
ハンカチを敷いてノートを書く、なんていうことができないのだ。

「なんでハンカチなんか敷いてるの?」と問われれば、手汗が異常なことが発覚してしまう。

もっともハンカチ一枚くらいじゃ、1時間分の授業でも間に合わないが。

そこで当時皆使用していた「下敷き」をノートに敷くのではなく、
手の下に敷いていた頃もある。

当然下敷きは汗を吸わないので、即座に水浸し状態になる。
これをばれないようにそっと拭うのだ。

最終的に自分は、えんぴつを持った右手の、小指の第二関節のあたりだけを
ノートに置き、ほとんど右手を浮かせた状態で書けるようになった。

少しノートを書いては机の下に右手を移動し、ハンカチで拭く。

これを一日に何十回、何百回とやるのだ。

左手ももちろん手汗は酷いので、手で教科書やノートを押さえることはできない。
だから左肘で教科書やノートを押さえる。

左手は常に左手用のハンカチを(周囲にばれない様に)握っている。

ちょっと姿勢の悪い感じになる。
姿勢もだが、浮かした右手も安定しないので字も物凄く下手だった。

…あ、でも字が下手なのは手掌多汗症が治った今もか。

今回は小学生時代のいろいろ困ったことを書こうと思ったのに、板書の件だけでこの量になってしまった。。。

父の小学生時代③(手掌多汗症)」へ続きます。

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